東京大学大学院
工学系研究科

マテリアル工学専攻

ごあいさつ

吉田 亮

当研究室は、私が東大に着任した2001年4月にスタートしました。 2012年には秋元文先生が加わり、現在は2人体制で研究室を運営しています。これまで多数の卒業生を輩出し、社会で活躍しています。また博士号取得者も12人、博士研究員(ポスドク)も外国人を含め5人当研究室でキャリアを積み、多くの方々が現在アカデミックポジションで活躍しています。これらの姿を見ることは、彼らにとって重要な役割を担ったことの充実感を与えてくれます。

当研究室は高分子ゲルをメインに扱っています。「何故ゲルを扱っているのか?」 に関してはトップページに紹介した通りであり、それが研究室の基本コンセプトです。

吉田 亮

高分子科学の歴史において、ゲル研究は、1978年のMIT・田中豊一教授の体積相転移現象の発見をターニングポイントとして飛躍的に活発化しました。私が大学院生であった1990年代前半はインテリジェント材料への応用など、高分子科学の中でも刺激応答性高分子ゲルを中心としたゲル研究が華々しく開いた時期でもありました。化学的・物理的な分子設計や構造制御という観点からゲルの物性や機能を制御する研究、ゲルを使って生体機能材料(人工筋肉、DDS、バイオセンサー、etc.)へ応用する研究など、機能性ゲルに関する研究が盛んに行われていました。この流れは現在でも続いています。そこでは、構成高分子鎖の分子構造・配列、架橋網目構造を設計し、その物性や機能を制御するといった、分子設計論的な立場からの研究が多く試みられました。私もそのような刺激応答性ゲルの研究に従事し、1995年にはその成果の一部がNature誌に掲載され、現在まで引用回数は1,100回を超えております。

ただ私は、機能性材料としての一つの系(システム)を構築するといった立場からの構造設計もまた重要であると考えます。とくにゲルは外部と物質やエネルギーのやりとりが可能な開放系を構成するため、その物質フローやエネルギーフローをうまくデザインすることにより新しい機能を生み出せる可能性があります。

吉田 亮

その可能性の一つとして考えるのは、「自律性」、すなわち自ら時間的・空間的な秩序を形成する能力です。とくに、システムの物理量が一方向的に循環する結果発現する時間周期性、すなわち「時間構造」は、システムが開放系であるがゆえに作り出すことのできる最も特徴的な性質の一つであり、開放系であるゲルを用いるメリットがそこにあります。時間構造は拍動・バイオリズムなど、その多くが生体現象にみられることから、バイオミメティック的立場からのシステムデザインが有効な手法となります。サイクリックな反応経路をもつ生体の代謝回路(TCA回路)を模倣したBZ反応をゲルの中に組み込んで、生きているように自己拍動する「自励振動ゲル」を創製したというのは、それを具現化したことに他なりません。

吉田 亮

生命とは何か、生きているということはどういうことか、についてはいろいろな解釈や説明の仕方があると思います。ただ、生きていることを意識するならば、それは時間発展をする自己組織体であることを忘れてはなりません。

生命は決して平衡状態ではありません。平衡状態(=熱力学的に安定な状態)は死んでいる状態です。リズムを刻む時間構造、空間構造が時間的に発展する時空間構造は「散逸構造」と呼ばれ、非平衡状態の中で生まれる秩序構造です。散逸構造を作るためにはエネルギーや物質のやりとりを可能にする開放系が必要であり、そのためにゲルは都合がよいのです。そのようなゲルを使って生物と無生物の間を繋ぐような研究がしたいです。将来的には、「人工生命体」を創るような研究がしたいと思っています。

吉田 亮

研究することを職業・仕事としている以上、社会に貢献する、価値のある研究をしたいものです。ただ、研究分野によっても多様な考え方があり、何に価値を見い出すかは研究者により千差万別です。社会に貢献すると言っても、実用化や製品開発といった目に見えて直に役立つものから、基礎となる技術を創る、コンセプトを創る、理論を構築するなど、基盤技術や学理の確立という観点からの貢献もあります。個人的には、折角アカデミアにいるので、すぐに応用・実用化することにはあまりこだわらず研究をしたいと思ってます。

大学の中の研究室なので、メインとなるのは学生です。教育的役割も担いながら研究をしていくことはやはり苦労するところです。また毎年新入生が来て数年単位で卒業するので、常に人の流入・流出がある中で一定の研究レベルを保っていかなければならない。そこにも大変なエネルギー投入が必要です。研究室も散逸構造に近いものがあります。

吉田 亮

また、良い研究にはその研究者の哲学があり美学があるように思います。何を美しいと思うか、そこに、なぜ研究者がその研究をやっているかの根本があります。性別や年代に関係なく、研究者の個性がもっとも現れるところかと思います。たとえば化学の分野でも、分子構造そのものを美しいと思うのか、規則正しく分子を並べることが美しいのか、集まった構造が美しいのか、集団としての秩序的な振る舞いを美しいと思うのか、静(平衡)が美しいのか動(ダイナミクス)が美しいのかなど、美の対象は限りありません。したがって、研究者の誇りを感じる研究をみたときは芸術作品に触れたように感動します。そういう、研究を通して自己表現ができる、というのもやりがいを感じるところです。

自分の信念を貫くことが研究者としての喜びかもしれません。

吉田 亮

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