東京大学大学院
工学系研究科

マテリアル工学専攻

Japanese/English

ハイドロゲル表面工学

なぜゲル表面なのか?

これまで、ゲルは主に「バルク材料」として捉えられてきました。そのため、ゲルの物性については「マクロで平均的な」議論が多く行われてきました。一方、ゲルを用いて細胞/生体組織を培養する際、細胞/生体組織とゲル材料が接する場所は「ミクロで局所的な」高分子ネットワークと水が構成する界面です。私たちは、ゲルと細胞/生体組織との相互作用を「ミクロで局所的な」観点から議論できるようにするためには、ゲルの表面/界面のミクロな構造や物性を知ること、そして任意に作り込むことが必要であると考えています。私たちの研究グループでは、ゲルの「ミクロで局所的な」議論を行うための独自の技術・知見を開発・蓄積し、関連情報を統合することで、他にはない新しい研究を推進していきたいと考えています。

なぜゲル表面なのか?

ゲル表面の何を知るのか?

具体的には、ナノスケールの構造評価と定量的な物性評価を行い、物性-構造相関を解析します。現状、ゲル表面の構造・物性を定量的に評価する手法は限られており、ほとんど一般には存在しない状況です。しかし、「装置がないから測定できない」と諦めたくはありません。もともとはゲル測定用ではない装置をゲル測定に適用することや、時には自分たちで自ら装置を開発することを通して、ゲル表面を「知る」ことに挑みたいと思います。

ゲル表面を作るとはどういうことか?

私たちはこれまでに、リビングラジカル重合法を用いてゲル表面領域に任意の密度・鎖長で高分子鎖を導入するゲル表面構造設計手法を確立しました(表面グラフトゲル)。この手法によって、ゲル表面のリンクル構造形成、弾性率制御、膨潤度制御、疎水化などが達成されています。また、本手法は表面構造・物性の制御のみならず、拡散性、膨潤度などのバルク物性の制御も実現することが分かりました。これらの成果の中には、予想を裏切る現象も多く含まれていました。ゲル表面を「作る」ことで、ゲルが生み出す新たな現象に出会うことのできた、面白い結果です。このように、新規な構造が誘導する新しい現象を注意深く観察・評価することで、ボトムアップ的に新奇ゲル機能を創っていきたいと考えています。

ゲル表面を作るとはどういうことか?

ゲル表面で何をするのか?

材料工学が創発する生物学:

ゲル表面の研究をスタートしたきっかけは、発生生物学や神経科学などの現場が本当に必要とする細胞/生体組織培養ゲル材料(=生物学的発生や心の形成に関するメカニズム解明に寄与する材料)を創りたいから、というものでした。そのため、一番の目標は細胞/生体組織培養材料の開発です。この際、作った材料を生物学の専門家に引き渡して終わり、ではなく、自分たちも一緒に生物学を議論することで、「材料が創発する新しい生物学」を構築できたら理想的です。一方、ゲル表面に関する知見と技術は、もちろん医療分野にも大きく貢献できますし、バイオ方面以外の分野にも広く展開可能であると考えます。「これだけを目指す」と決めつけずに、柔軟に応用展開を考えていきたいと思います。

ゲル表面で何をするのか?
新しい研究領域の開拓:

ゲルの表面は、解析手法が少なく、これまであまり多くの注目を集めてこなかった領域です。一方、細胞もゲルのような含水構造体であると言えますので、ゲル表面に関する知見・技術を蓄積することは、細胞表面の構造や機能、それらが創発する現象を明らかにするためにも役立ちます。このような思いのもと、2020年に細胞表面に関する研究を行う理研の田中信行上級研究員とともに、含水物質の表面・界面に関する議論を行う「ゆらぎ界面研究会」を立ち上げました。研究会を通して、ゲルという材料のみに捉われず、広く含水物質の表面が関連する新たな研究領域を開拓していきたいと思います。

どうやって研究を進めるのか?

広域異分野融合:

私たちが持つ技術の主軸は「高分子合成」です。「ゲル表面の分子設計」を研究の中心に据え、広域異分野融合によって研究を進めていきます。ゲル表面の構造評価は高分子物理、新たな物性評価装置の開発は精密機械工学やバイオエンジニアリングをそれぞれ専門とする研究者の方々との共同研究により行っています。開発した材料を何に使うのか?についても、多くの異分野(電子物性、発生生物学、神経科学など)の研究者の方々と継続的に議論や萌芽的なコラボレーションを行っています。私たちの研究は、基本的に全てが異分野との共同研究です。フットワーク軽く、研究の分野や階層を飛び越えて国内外の共同研究先で実験することを楽しめるような、意欲ある人材を求めます。異分野同士の界面領域において、天邪鬼に常識を解体して、新しいことを始める。それこそがイノベーション創出への近道であると信じています。

どうやって研究を進めるのか?

研究のアプローチ:

既に知られている機能を組み合わせることで予想可能な機能を持つ新しい材料を作ることより、何も知られていないところから予想外の現象に出会って新たな材料を作ることに魅力を感じます。こういう意味で、ボトムアップ的なアプローチを重視しています。一方、具体的な応用展開を考えてから研究テーマを作る時は確実に「こういう機能が欲しい」というスタート地点があり、トップダウン的に研究を進めることになります。このようなスタイルの研究も、色々なアイディアを出しながら課題を一つ一つ解決していくという意味において新しい発見がたくさんあり、面白いものです。ボトムアップとトップダウンをバランス良く取り入れながら研究を進めていくことが理想です。

研究の目標

秋元自身の目標:

私自身が個人的に考えている研究の最終目標は、「人間とは何かを知ること」に寄与することです。材料の研究をしているのに「人間とは何か」の話が出てくることに、違和感を感じる人も多いかもしれません。ただ、HP冒頭に掲げた吉田先生の言葉通り「細胞はゲル」であり、ゲル材料は生体に近い特徴を多数有しています。ゲルを細胞/生体組織培養に用いて生物学の研究を推進すること、あるいは構造明確なゲルの物性解析結果を細胞の物性に当てはめて考えることなどで、生体とは何か、ひいては人間とは何か、に近づいて行きたいと考えています。「人間とは何か」は、文理融合的な課題です。哲学的、心理学的、脳科学的、ロボット工学的、など様々な視点からこの課題に取り組んでいる研究者がいます。そこに「材料(物質)工学的」な視点を加えて、僅かでも寄与できたら嬉しいです。「人間とは何か」の考え方を進化させることは、人間がよりよく幸せに生きるための社会ルールの作り方、医療・技術開発・教育・ヒューマンコミュニケーションの在り方など、人間社会全ての将来展望の根幹につながると考えています。

教育的な目標:

上記は秋元自身の目標ですが、学生さんをはじめ、一緒に研究してくださる方々はそれぞれが異なる目標を持って研究に取り組んでいると思います。ここでの研究活動を通して、様々な分野を飛び越えて議論する力、自分の研究を俯瞰して立ち位置を明確にした上で一つの論理を構成する力を身につけていただきたいと考えています。変化の過渡期にあるこの時代において、技術だけでなく統括的な観点でリーダーシップを取れる理系人材を育成したいです。

研究の目標
Top